古代からメディアを握ることは、権力を握ることを意味していました。情報の伝達手段をコントロールすることは、権力の維持に重要なことでした。時代が下り、現在のメディアは、社会の木鐸として、権力を監視することの役割を期待されています。
1990年代のインターネットの登場は、メディアの歴史にとってインパクトのあることでした。誰もが自分のメッセージを発信できることが可能になったのです。発信手段の多様化、容易化の社会的影響について、多くの論文が多く発表されました。しかし、2004年の今そうした論点は、輝きを失っています。なぜならば、多様化されたメディアにはメッセージの受け手がいなかったからです。
情報は、発信者と受信者で成立します。メディアはその両者をつなぐ手段です。今までのメディア論は、情報発信側からの議論が主流でした。マスメディアは情報流通を担うことで、ビジネスを行ってきました。しかし、情報発信の手段が多様化し、個人でも可能になることで、その部分での優位性は、相対的に低下しています。
嘯氣堂は、メディアとは何かと問われれば、そこに集まる人間の集合体であると答えます。効率よく多くの人間を集めることができるのは、マスメディアの力です。情報配信としての優位性が低下していく今後、相対的に浮上してくるマスメディアのコンピタンスは、その集客力に他なりません。しかし、その集客力をビジネスに転化するには、その人たちが誰だかを知らなければなりません。多様化、細分化されたメディアがその分析の役割を担います。ケータイを用いれば、マスメディアを嗜好性毎に解体し、再構築することが可能です。嘯氣堂は、マスメディアの顧客データベース構築が今後のメディアビジネスの鍵を握ると考えています。
2011年にアナログ放送の終了が予定されています。インターネット、ブロードバンドの普及、放送のデジタル化は、メディアビジネス界にとって、大きな変化であり、大きなチャンスです。いち早くその未来を見越し、行動した者が、その時代の勝者になるでしょう。嘯氣堂はその勝者ならんと、一歩を踏み出しています。
以上は、2005年このホームページを作ったときの檄文です。あれから1年、いんたーねっとの時代は動きが早く、去年存在を知らなかったYouTubeを今では誰もが知っています。今、僕が考えていることは上記に書かれていることからさらに発展しています。メディアはGOOGLEになってしまいました。これからの時代、モノを作り出すメーカーにならなければなりません。小売、流通まではネット化、無料化されました。中間者の排除です。しかし、ここでチャンスなのは、メーカーは世界へのアクセスを手にしているという現実です。何かオリジナルなモノがあれば、世界相手に販売できるのです。メーカーは、ローカル環境に影響を受けます。日本に住んでいるのなら和のモノを生み出すべきです。そこで、嘯氣堂は、水墨画、和風アートを世界に広めます。SEEDS
Tokyo Impactも、和風アートを世界に広める思いで始めたモノです。
嘯氣堂は、アートとビジネスを融合させます。アートビジネスをするのではなく、アートな感覚をビジネス化します。今まで経験を積んできた左脳的な計量的論理的分析を、アートの世界に持ち込みます。マーケティングもアートです。ビジネスもできるアーティスト、それが未来を先取りする嘯氣堂の姿です。Art
Initiative Shokido 2006 |